大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所岩見沢支部 昭和39年(ワ)45号 判決 1967年4月28日

原告 中村産業株式会社

右代表者代表取締役 中村正松

<ほか二名>

右原告ら訴訟代理人弁護士 小林盛次

被告 間島宗三郎

右訴訟代理人弁護士 高橋三郎

主文

原告らと被告の間において、原告中村産業株式会社と被告との間で昭和三八年五月二〇日になされた、厚田郡厚田村大字望来字本沢所在の山林内の立木の売買契約に基づく原告中村産業株式会社の被告に対する代金債務のうち一二七、〇〇〇円を超える部分が存在しないことを確認する。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告中村産業株式会社と被告との間ではこれを一〇分しその一を右原告、その九を被告の負担とし、その余の原告と被告との間ではこれを二分しその一づつを右原告らおよび被告の各負担とする。

事実

(申立)

原告らは次のような判決を求めた。

「原告らと被告との間において、原告中村産業株式会社と被告との間でなされた主文第一項記載の売買契約に基づく同原告の被告に対する代金債務の存在しないことを確認する。

被告は原告中村正松に対し別紙第一物件目録記載の不動産につき、原告中村正実に対し別紙第二物件目録記載の不動産につき、それぞれ札幌法務局長沼出張所昭和三八年五月二四日受付第八七一号をもってなされた抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。」

被告は「原告らの請求を棄却する。」との判決を求めた。

(争いない事実)

一、原告中村産業株式会社(以下原告会社という)と被告との間で、昭和三八年五月二〇日に次のような契約を締結した。

(一)  被告は原告会社に対し、厚田郡厚田村大字望来字本沢所在訴外間島弁次所有の山林約七町歩に生立する被告所有の立木左の数量を代金一六〇万円で売り渡し、同原告はこれを買い受けること

(1) 落葉松 立木(四〇年生)約二、二〇〇本 約二、〇〇〇石

(2) 雑木  立木 約一、五〇〇石

(3) 唐檜  立木 約一〇〇石

(4) その他右山林内の一切の立木、ただし被告の指定した落葉松二五本を除く

(二)  同原告は代金の内金一〇万円を契約成立と同時に、内金五〇万円を同年五月三一日までに被告に現金で支払い、残額一〇〇万円の支払期日は内金五〇万円を同年八月二〇日、内金五〇万円を同年九月二〇日とし、同原告は被告に対し右各支払期日を満期とする金額五〇万円の約束手形各一通を振出交付すること。

(三)  同原告の右一〇〇万円の支払義務(約束手形振出分)の支払を担保するため、同原告は原告中村正松所有の別紙目録一記載の家屋および原告中村正実所有の同目録二の土地につき、被告のため債権額一〇〇万円の抵当権の設定を得ることとし、かつその登記をさせること。

(四)  被告は前記(二)による代金の内金六〇万円の支払および五〇万円の約束手形の振出交付を受け、かつ右(三)による抵当権設定登記を経由した登記済証の交付を受けると引換えに、原告会社に対し(一)の立木を引き渡すこと。

二、原告会社は右契約に従い被告に対し前項(二)の代金内金六〇万円を支払い、かつ約束手形二通を振出し交付し、さらに原告中村正松および原告中村正実の承諾を得て前項(三)のとおりの抵当権設定登記手続をし(札幌法務局長沼出張所昭和三八年五月二四日受付第八七一号)、その登記済証を被告に交付した。

三、原告会社は昭和三九年二月二三日に被告に到達した書面により、右売買契約の目的たる立木が現実には落葉松五五〇石(石当六〇〇円)三三万円相当、雑木七〇〇石(石当り二〇〇円)一四万円相当、唐檜五〇石(石当り五〇〇円)二五、〇〇〇円相当しか存在しなかったことを理由として、代金を四九五、〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした。

(争点)

原告らは「本件売買契約の目的たる立木は、原告会社の被告に対する減額請求のとおりの数量しか存在しなかったから、右意思表示により代金は当然四九五、〇〇〇円に減額された。そうすると、同原告はすでに被告に対し六〇万円を支払済であるから、債務は存在せず、したがってまたこれを被担保債権とする抵当権設定登記は抹消されるべきである。よって請求の趣旨のとおりの判決を求める。」と主張する。

これに対し被告は本件売買契約の目的たる立木が原告ら主張の数量しか存在しなかったことを否認し、減額請求の効力を争う。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、結論を先に示せば、鑑定人佐々木功の鑑定の結果により、本件売買契約の目的となった立木の現実の数量は次のとおりであったと認める。

(1)  落葉松(ニホンカラマツ)九九一本一八五・五七立方メートル(六六八・一石)

(2)  雑木(広葉樹)三八六・七二立方メートル(一、三九二・二石)

(3)  唐檜(オーシュートーヒ)三〇一本 二六・五〇立方メートル(九五・四石)

その理由は次のとおりである。

(一)  まず落葉松についてみるに、≪証拠省略≫は、本件山林の立木について、本件契約成立の直前である昭和三八年四月頃に本数の調査をしたところ、落葉松は二、〇〇〇本位から二、三〇〇本位はあったと証言しており、右鑑定の結果および≪証拠省略≫の本数といちぢるしい開きを示している。そこで、右各証拠の信頼性について考えるに、≪証拠省略≫はいずれも単に記憶に基づくもので、とくに本数を正確に記録したものもなく、記憶の正確性に問題があるうえ、(たとえば、調査の回数、調査を実施した者の氏名等ですら各証言に喰違いがある)調査の方法、範囲が果して正確であったかどうかにも疑問があり、一方鑑定書および鑑定証人佐々木功の証言によると、鑑定のために現場において伐根を一本一本正確に調査して直径を計測し、材積表を用いて石数を推計々算したと認められる鑑定の結果は、その性質上若干の誤差(+5%程度の)はやむをえないとしても、正確性を高く評価され、信頼するに足るといえる。また、≪証拠省略≫によると、同証人も本件立木を伐採する直前に調査を実施し、その本数を記録しているが(甲九号証)、これも作為が加えられるような事情があったとは考えられないので、信頼するに足ると認められるところ、右甲九号証によると落葉松の本数一、〇〇六本、石数六三七石となっていて鑑定の結果ときわめて近い数字を示していることも鑑定の結果の信頼性の高いことを裏付けている(石数についてはやや差が大きいが、証人高橋三郎の計算は標準木の材積による推計であり、鑑定の結果が個別的な伐根の直径計測と材積表を使用しての推計であるから、後者がより正確であることは疑いない)。

したがって、鑑定の結果により認定するのが相当であり、右鑑定の結果に反する前記各証人の証言は採用できない。

また、被告本人の供述によると、被告は約四四、五年前本件山林に三、〇〇〇本の落葉松苗木を植林しているので、それが一、〇〇〇本にも減少するとは思われない旨述べているけれども、同時に植林したという唐檜一、五〇〇本が前認定のとおり三〇一本に減少しており、被告もその減少は認めているところであるから(被告本人はより少なく七〇~一〇〇本という)落葉松もかなり減少したことは当然考えられ、前記鑑定の結果を覆すにはとうてい足りないばかりか、被告本人の供述は、たとえば本件契約から生じた原告らとの紛争の経過等比較的近い時期のことについても供述がきわめてあいまいで記憶に誤りが多いし、前記供述も果してどれほど正確な記憶によるかはかなり疑わしく、採用できない。

(二)  次に唐檜および雑木については鑑定以外にその本数等の正確な調査をした結果に基づく明確な証拠はなく(前記甲九号証に唐檜の調査結果があるが、証人高橋三郎の証言によると、唐檜は調査の重点ではなかったことが認められるから、必ずしも正確なものとはいい難い)、いずれも目算程度に過ぎず、鑑定の結果中雑木については標準地調査による推認であって、20~30%の誤差がありうるとはいうものの、鑑定の結果以上に信頼しうる証拠は見当らないからやはり鑑定の結果により認定するのが相当である。

(三)  なお、≪証拠省略≫を総合すると本件立木については当初被告と訴外清水沢木材工業株式会社との間で代金一三八万円で売買契約が成立したが、その直後原告会社がもっと高く買うと申し出て、被告が右訴外会社との契約を解除して原告会社との間に本件売買契約が成立したものと認められるけれども、右の事情があったからといって立木の石数が被告主張のとおり(契約内容のとおり)であったことを推認させるものとはいえない。

以上のほか冒頭の認定を覆すに足る証拠はない。(≪証拠省略≫はいずれも間接的な証拠にすぎず、直接立木の数量を認定する資料とならないし、≪証拠省略≫も目測による数量にすぎず、証拠価値は低く、鑑定の結果よりも立木の数量が多く、または少ないことを証明するには不十分な証拠である)。

二、(一) 本件売買契約が数量を指示してなされた特定物の売買契約であることは争いない契約内容により明らかであり、原告会社において契約当時数量の不足を知らなかったことも原告兼原告会社代表者中村正松本人の供述により認めることができるから、買主である原告会社は民法五六五条、五六三条一項により、不足分に応じた代金の減額を請求することができる。

したがって、昭和三九年二月二三日に被告に到達した書面による原告会社の減額の意思表示により、本件売買契約に基づく原告会社の代金債務は、当然減額の効果を生じたといえる。そこで、減額された代金について判断を進めるに、≪証拠省略≫によると、本件売買契約の単価は石当り落葉松六〇〇円、唐檜五〇〇円、雑木二〇〇円として計算されたと認められこれに反する証拠はないから(争いない契約内容によると代金合計は一六〇万円であり、右単価と契約石数を乗じた合計は一五五万円であって、五万円の差があるが、これは契約内容の石数が概算であるため、きりのよい数字にしたものと推認される)、前記一に認定した現実の立木の石数に右単価を乗じて得た額が減額された結果の代金額であるといってよい。

計算を示すと次のとおりである。

(1)  落葉松 四〇〇、八六〇円

(668.1(石)×600(円)=400,860(円))

(2)  雑木 二七八、四四〇円

(1,392.2(石)×200(円)=278,440(円))

(3)  唐檜四七、七〇〇円

(95.4(石)×500(円)=47,700(円))

合計 七二七、〇〇〇円

右のとおりであるから、原告会社の代金債務は減額請求の意思表示の到達により右の七二七、〇〇〇円に減額されたものといえる。

三、原告会社が被告にすでに弁済した額が六〇万円であるから、原告会社において被告に対しなお一二七、〇〇〇円の代金債務を負うことは計算上明らかである。

したがって、原告らの債務不存在確認の請求は、本件売買契約に基づく代金債務が一二七、〇〇〇円を超えて存在しないことの確認を求める限度で正当であるが、その余の部分は(全然存在しない趣旨で不存在確認を求める点において)は失当である。

原告中村正松、同中村正実の抵当権設定登記の抹消を求める請求は、被担保債権たる原告会社の債務がなお右の限度で残存する以上抵当権は消滅しないから(抵当権の不可分性)失当というほかない。

なお、附言すれば、債務不存在確認請求部分については、代金債務が一二七、〇〇〇円の限度で存在し、この部分に関する遅延損害金の支払義務が問題となる余地があり、原告らの請求の趣旨もこの点の判断を求めるのかどうか必ずしも明確でないきらいがあるが、この点は基本たる売買代金債務の存否を確認することによって当然に紛争が解決されると考えられ、当事者間においてもとくにこの点に紛争があることは認められないから、基本たる売買代金債務が一二七、〇〇〇円を超えて存在しないことを確認するに止める。

よって費用の負担につき民訴法九二条により主文のとおり判決する。

(裁判官 上谷清)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例